からくりとミステリーの華麗なる融合
『乱れからくり』泡坂妻夫著
導入部、登場人物・・・
プロボクサーを志したときに、23歳になってプロ入りできなければ辞めると心に決め、その通りにした青年、勝敏夫は、週刊誌の求人広告を見て、雑居ビルの宇内(うだい)経済研究会を訪れる。
事務所を訪れた敏夫に、部屋の奥から伝法な口調で声をかけてきたのは、女性である。肥って、目鼻立ちの大きい、明るい感じのする人で、名を宇内舞子という。社長である舞子によると社員はおらず、名は経済研究会だが、仕事の内容は経済方面の興信所だという。
舞子の迫力に圧倒されながら、敏夫はそこで働くことを了承する。
そして仕事の依頼主である玩具会社の製作部長とその妻の写ったスナップ写真を見せられ、そこに写った美しい切れ長の二重瞼の女性、妻の真棹(まさお)に目を奪われてしまう。仕事はその妻の尾行だというのだ。
敏夫は釈然としない思いを抱きながら、早速舞子とともに仕事に取り掛かるが、予想外の出来事が次々と二人を襲う・・・。
からくりとは・・・
1 糸やぜんまい、水力などを応用し、精密な細工や仕掛けによっていろいろなものを動かすこと。また、その物。
2 機械などが動く原理。構造。仕組み。「分解して―を調べる」
3 巧みに仕組まれたこと。計略。たくらみ。「―を見破る」
4 「絡繰り人形」の略。
5 「絡繰り覗 (のぞ) き」の略。
(goo辞書より)
その意味するところを考えた時、からくりとは、なんとミステリーと相性がよいことであろうか。本書にもからくり人形や玩具、玩具業界の成り立ちなど、さまざまな蘊蓄、トリビアが登場する。この一冊を読み終わったとき、かなりからくり、玩具に詳しくなっている自分がいる。
感想・・・
二転三転する展開に翻弄された後、最後のページを閉じた時、本作品自体が著者に巧みに仕組まれたからくりであったのはないかと思わされる。
そしてからくり自体が主役である一方、名探偵の役割を担う舞子がすこぶる魅力的である。伝法でありながら、諧謔味、洞察力、優しさも発揮する。
対照的に、時に若さのあまり考える前に感情のままに行動してしまう敏夫といいバディを組んでいる。
著者について・・・
泡坂妻夫(1933~2009)は、東京神田に生まれ、創作奇術の功績で、1968年に石田天海賞を受賞。
小説家としては、1976年に短編「DL2号機事件」で、探偵小説専門誌「幻影城」主催の第一回幻影城新人賞・小説部門で佳作を受賞した。この作品は、後にシリーズ化される亜愛一郎(ああいいちろう)シリーズの記念すべき第一作である。タイトルにもなっているDL2号機とは作中に登場するローカル線のプロペラ機である。横溝正史をはじめとする選考委員の評がそれぞれ的を射ており、その先見性は驚くべきものがある。権田萬治選考委員の評から一部抜粋すると、欠点を指摘した後で「しかし、将来、何かとてつもないものを書く可能性を秘めている感じもするので、佳作とすることに異議はなかった。」
1978年には、本作品「乱れからくり」で第31回日本推理作家協会賞長編賞を受賞した。また1988年「折鶴」で第16回泉鏡花文学賞を受賞、1990年「蔭桔梗」で第103回直木賞を受賞した。
美貌の奇術師、曾我佳城を主人公としたシリーズ『奇術探偵曾我佳城全集』(講談社)は2000年に刊行され、『このミステリーがすごい!2001年版』国内部門第1位、2001年版「本格ミステリベスト10」第1位を獲得した。(参考:「乱れからくり」著者紹介他)
雑誌「幻影城」とは・・・
雑誌「幻影城」とは、1975年~1979年まで発行されていた探偵小説専門誌である。第一回新人賞の佳作に泡坂妻夫、第三回新人賞の入選に連城三紀彦「変調二人羽織」が受賞するなど、後に活躍するミステリー作家を輩出した。1976年2月新春特大号までは絃映社、1976年3月号からは(株)幻影城より発行された。もとの発行元が手離した理由としては巻末の編集者断想によると、利益が少なかったことによるようである。
▼第一回新人賞掲載・1976年3月号
印象的な表紙イラストは山野辺進、本文イラストは漫画家、花輪和一も描いている。
▼第三回新人賞掲載・1978年1月号